この連載は、「一人暮らしで趣味を満喫しているオタク女子(そして腐女子)が家を買ったら……?」という物語を描く、1話5分のほっこりwebノベルです。
「家を買ったときの話、身近な友達には聞きにくい……」そんな疑問が解決するかも!
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親友、という言葉の定義って難しい。
たとえば、「幼馴染」とも違うし、「今一番仲良しのトモダチ」とも違う。
私が親友と聞いて一番に思い浮かべるのは、結城梓さんだ。
Twitterのハンドルネーム、「ずに」。
出会ったときには、梓さんは「ずに」さんで、私は「トウキチ」だった。何かの即売会(※同人誌や同人グッズを頒布するとても楽しいイベント)の打ち上げだったと記憶している。
本名が梓だから、あずにゃん(※『ラブライブ』のキャラクターの愛称)で、それを縮めて「ずに」……そんな由来のハンドルネームだと教えてもらった。
おたがいの本名を知っている今でも、「ずにさん」「トウキチちゃん」と呼び合う仲だ。
住んでいる場所も年齢も、生まれた地域も全然違うずにさんと私。
でも、どうしてだか意気投合しちゃって。
お互いのハマっているアニメやドラマのジャンルが違っている今も定期的に会って遊んでいる。夜通しおしゃべりしたり、おしゃれして食事に行ったり、旅行をしたり!
魂のパートナー……とか言ったら重いかもかな。
でも、ずにさんとはそんな仲だ。
ずにさんは、
「あっはは! ロマンティックだねトウキチちゃん」
と笑い飛ばすかも。でも、私にとっての、ずにさんは……梓さんはそんな存在だ。
* * *
「えっ、買ったんですか!?」
ずにさんが品川あたりに引っ越しをしたと聞いて、遊びに行った先。
真新しいソファに座って甘い果実シロップで味付けされたアイスティーを飲みながら、私は叫んだ。
「そうなんよ」
ふわふわとウェーブする小麦色の髪を揺らして、ずにさんはチョコレートを口に放り込む。
「このマンション、持ち家なんよ」
「ええー!!」
「しーぃ、トウキチちゃん声が大きいて」
ちょっとだけ京都弁のアクセントが残るはんなり言葉。
最近はすっかり標準語だけれど、ずにさんは京都出身だ。
「すごいね、ずにさん」
「なーんもすごくないよぉ。ほら、私、二年前にカレシと別れたやん」
そう。
ずにさんは、結婚直前までいった彼氏さんと破局した。
結婚するから、オタク活動は自粛します……とTwitterで宣言していたのだけれど、色々あって結婚にはたどり着かなかったらしい。
詳しいことは聞いていないけれど、久々に会ったずにさんが相変わらず楽しそうにオタクしていて、そして「トウキチちゃん」って呼んでくれたので、それで充分だった。
「で、オタ活再開したわけやけど、いやぁ〜、オタクというのは、趣味じゃなくて『存在』だからさ――やっぱり脱オタとか無理だったっていうか!」
「それで、なんでマンションを買うことになったんです?」
「ほら、私、今は観劇とかがメインの活動なんだけど……前は埼玉に住んでたやん? 家賃はたしかに安いけど、有楽町とか天王洲アイルとか、あとほら、空港への往復運賃を考えるとさ……むしろ都内に住んだ方がいいし、都内の家賃をずっと払うんだったら、これってむしろ買っちゃったほうが安いんやない!? って」
「そ、それでマンションを……」
ずにさんの新居は、2LDK。
品川駅まで歩けるとはいえ、徒歩で二十分近くかかる。でも、でも、品川だ。
そんな都心に、家を買う。
独身の女性が。
……そんなこと、普通できる?
目を丸くしている私に、ずにさんはにっこりと微笑みかけた。
ずにさんは、レイヤー(※コスプレをする人)としてもきっと大人気になるってくらいに可愛い。
「親には、実は最初は反対されたんだ。もう結婚しないつもりなのか、とか、実家に戻ってくるつもりはないのか、とか」
「……ずにさんはどう思ってるんですか?」
「わかんないよ。結婚だって、相手があることだし。この先、どう世の中とか自分とかが変わるかわかんないやん。でも、やっぱり生涯ずっとオタク気質だとは思うんよ。だから、将来なにかライフスタイルが変化したときにな、この家はヘソクリにしようと思ってるんよ」
「ヘソクリ?」
「ほら、売ったり貸したりできるでしょう?」
にこっ、とずにさんは悪戯っぽく微笑む。
「たしかに……、品川でこんなお家あるなら、買いたいって思うかも」
「そうでしょ。私ね、オタクこそ家を持ったほうがいいと思ったんよ」
「ほお!?」
「だってほら、オタクって物持ちやし、しょっちゅう色んなところに出かけるやん?」
ふむ、と私はうなった。
オタクにも色々ある。
私は、フィギュアやグッズを集めることがなんだか好きで、たぶんクリアファイルとか、たぶん生涯使いきれない量を所有している。薄い本……同人誌も買う。とてもたくさん買う。自分で自費出版の同人誌を出すこともあって、その在庫もある。
正直、置き場所がなくて、このごろは、かなり私の生活スペースが圧迫されている。
うずたかく積み上がった本の上に「ねんど●いど(※二頭身の可愛いフィギュア)」を飾るのは、結構無理があったと思う。
とかく、オタクの家は物がたくさん溢れかえっているものだ。
「たしかに、物は多いですね」
「でしょう? それに、しょっちゅう遠出するやん、オタクたち。品川は新幹線も通ってるし、羽田にも成田にも一本で行けるよ」
「それもそうですね」
ずにさんは観劇がめちゃくちゃ好きだ。
さっき、ずにさんの口から出た天王洲アイルやら有楽町やらというのは、彼女がよく行く劇場の所在地だ。
宝塚から帝国劇場まで幅広く演劇を愛するずにさんは、遠征と呼ばれる地方公演の鑑賞のための弾丸旅行も頻繁にしている。
……近頃は東京は天王洲アイルらへんでやっている2.5次元の演劇にどハマりしているのだけれど。
「だから、私の持論としては、オタクこそ家を持つべきなんよ! あと資産が現金として存在してるとふっつーに全部推しに貢いでしまうしな!」
「それは間違いないね」
「うんうん。持ち家は、お金の形をしてない資産なんよ」
みんな違って、みんなオタク。
けれども、みんな共通して、お金はぜんぶ推し(※特に応援しているキャラクター)に使いがち。それが、オタクという経済怪物〜エコノミックモンスター〜の生き方である。
「あっ、じゃあ、ずにさんの大っきい買い物を祝って、かんぱーい!」
「あはは、ありがと。トウキチちゃん。乾杯!」
その日は、ずにさんおすすめの演劇のDVD鑑賞をしたり、私の最近の推しについて語ったり、とっても楽しい時間を過ごした。
* * *
「……ただいま」
誰からも「おかえり」が帰ってこない我が家に帰って、パチンと電気をつけた。
学生時代からずっと住んでいる、1Kで6畳ちょっとの日吉のアパート。
家賃は月々7.7万。もうずいぶん長いこと住んでいて、家賃2ヶ月分の更新料をはらったのも複数回……そう考えると、結構な額を投資している。たぶん、どの推しよりも。
「うーん、でも、この家はいつまで経っても私のものにはならないんだよな」
ベッドとテーブル以外の面積は、ほぼぜんぶ同人誌やグッズが山住みになっている狭い部屋。
もしも。
もしも、この部屋がもっと広かったら。
もしも、大きな収納がある部屋だったら。
そんなことを考える。
「マンションを買う、かぁ……」
でも、どれくらいお金がかかるんだろう。
ずにさんは、けっこうなキャリアウーマンだし。
たしか、ちょっと副業とかもしているって聞いたことある。
私は、地味な会社員。
貯金も推しに貢ぎに貢いでしまった結果、かなり心許ないし……。
「ま、私には無理だよね」
ふう、とため息ひとつ。 そうして、よいしょとベッドに腰かけた、そのとき。
「ぎゃっ!!???」
ドンガラガラガラ、ドシャッ!
雪崩だ。
グッズと本の、大雪崩。
絶妙なバランスで成り立っていた山が、崩れた。
「イテッ!」
コツン、と頭頂部に直撃したのは、山の上に置いていたフィギュア。
「ひぇっ、どっか壊れてない!?」
ぞっとして、丁寧に確認。
……よし、大丈夫だ。平気そう。
「はーぁ……」
大雪崩を起こしたグッズと本の山を見て、がっくりきてしまう。
やっぱりちょっと狭すぎるよなぁ……引っ越し、検討してみよう。
家を買えるかどうかなんて分からないけど。
*** TIPS ***
ずにさんの新居、本当に「買っちゃった方が安い」のでしょうか…?
編集部で調べてみました。
【ずにさんの新居】
JR品川駅から徒歩20分以内・2LDK
…という条件で探したところ、 3970万円の中古マンションが見つかりました。これを買ったと仮定して考えてみます。
* 気になるお金の話…
頭金:なし
諸費用:290万円
月々支払額:11.7万円
(ローン返済額 + 管理費・修繕積立金 の合計)
ボーナス支払額:10万円(年2回)
た、高い……。
ずにさんは「けっこうなキャリアウーマン」(by藤吉さん)とのことですが、かなり稼いでいるようですね。
* 似た条件の部屋を賃貸で借りると…
家賃 + 共益費 = 合計 15.5万円
さすが品川。賃貸だとさらに高いです。
購入すると初期費用がかかりますが、月々の支払額を考えてみれば圧倒的に「オトク」。さらに35年後、ローンを返し終わった後は、管理費・修繕積立金の2.1万円で住み続けられます。
一生オタクで、遠征にも便利な場所に住み続けたいなら「買っちゃったほうが安いんやない!?」となるのも納得ですね。
詳しい計算や、もし将来売った場合のことは、長くなるので別ページにまとめました。興味のある方はどうぞ↓
ずにさんのマンション購入計画、詳しい計算はこちら
とはいえ藤吉さんは、ずにさんほどのキャリアウーマンではなく、普通の会社員です。
いまの家賃は、共益費込みで7.7万円。貯金も多少はしていますが、基本的には趣味(推し)が優先なので余裕はありません。
さあ、藤吉さんにも買えるような、腐女子の理想の家は見つかるのでしょうか…?
次回「3話 腐女子、不動産屋に行く。」
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