不動産に関わる人に、より主体的な選択を【媒体概要】

「神泉」とは、どこからどこまでか?――渋谷であって渋谷ではない街の”輪郭”を読み解く【一部限定公開】

開発ノート
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執筆者
(株)トラスト・ファイブ マーケティング担当

不動産開発会社「株式会社トラスト・ファイブ」。首都圏で30年近く不動産に関わってきた経験・知識を公開します。賃貸・購入時の判断、建物の維持管理、地域との向き合い方まで、ブラックボックスと言われがちな不動産業界において、不動産に関わる人がより主体的に選択できる社会を目指しています。
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街には、地図には描かれない輪郭があります。行政区画の名前とは別に、「ここからここまでが○○」という認識――それは誰かが定めたわけではなく、自然と共有されているものです。

その”輪郭”がどのように生まれ、何によって支えられているのかを知ることも、私たちデベロッパーにとって欠かせない視点です。

今回は、渋谷駅からほど近い「神泉」エリアを、社員が実際に歩きながら調査しました。

広域渋谷圏の再開発が進み、街の個性が均質化していくといわれる中で、神泉はなぜ今もなお独自の輪郭を保っているのか。地形と水の記憶、ストリートの成り立ち、昼と夜で異なる顔を見せる街並み……。
さまざまな視点から街を読み解き、最終的に「どこにあるか」ではなく「どう認識されているか」という問いにたどり着くまでの記録をご紹介します。

※本レポートの後半(考察・結論部分)は、「閲覧申請」をいただいた方限定で公開しています。

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「神泉」とは、どこからどこまでか?

背景

-広域渋谷圏の均質化に対するアンチテーゼと境界領域の可能性-

都市には行政上の境界が存在する一方で、人が実際に知覚・認識するマチの範囲や拡がりは、必ずしもそれと一致しない。

歩行者は、道路の連続性、街並みの移り変わり、微細な地形の起伏、そして人々の営みや気配といった多様な要素を身体的な手がかりとしながら、無意識のうちに「ここからがこのマチである」という独自の境界感覚を形成している。

本計画の対象地が面する「裏渋通り」は、渋谷の中心的な商業エリアの外縁に位置し、複数の異なる都市文脈が複雑に交錯する境界的な領域である。

このような固有の「余白」と不確実性を持つエリアにおいて、長期的に選ばれ続け、マチの価値を高めるテナントビル開発を実現するためには、敷地境界の内側だけで完結する均質的な建築計画では不十分である。

対象地がどのようなマチの文脈に属し、周辺からどのように認識されているのかを、人間スケールの知覚や体験を基準に深く紐解くアプローチが、開発コンセプト策定の起点として不可欠となる。

目的

-街を認識する構造の可視化と開発コンセプトへの翻訳-

本プロジェクトは、行政区域という静的な枠組みを超え、歩行者の知覚や身体的体験を基準として「神泉町」および「裏渋通り」の動的な輪郭を再定義し、今後のテナントビル開発に資することを目的とする。

現地観察ワークでは、具体的に以下の項目を達成することを目指す。

  • マチの固有文脈と認知プロセスの可視化: 対象地周辺の地形、歴史的背景、ストリートごとの空間特性が、歩行者の心理的・身体的な境界感覚にどのような影響を与えているかを定性的に把握し、対象地が引き受けるべきマチの本質的な特徴を明らかにする。
  • 時間軸(昼夜)による知覚変動の検証: 都市の表情やアクティビティがドラスティックに変化する「昼」と「夜」の双方で観察を実施し、時間帯の移行に伴ってマチを特徴づける要素がどのように変容するか、あるいはその根底にある地形や都市構造が共通の基盤としてどのように機能しているかを検証・構造化する。

本ワークによって得られる知見は、単なるエリアの現況分析にとどまらない。次のフェーズである「このマチにおける価値の分析(提供価値の定義)」へと円滑に移行し、具体的な開発コンセプトへと翻訳していくための、羅針盤となる基礎資料として位置づける。

土地をかたちづくる地形と水の記憶

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現在の街並みは都市化によって大きく姿を変えたが、この土地の骨格は、起伏に富んだ地形と豊かな水環境によって長い時間をかけて形づくられてきた。台地と谷地が複雑に入り組むこの一帯では、地表のわずかな高低差が土地の使われ方や道の通り方に大きく影響し、後の都市形成にも深く関わっている。

一帯は台地と谷地が入り組む複雑な地形であり、谷筋には神泉谷や松濤方面から流れる小河川が形成されていた。

こうした水の流れは、土地の低い部分をたどるように集まり、周辺の地形と呼応しながら自然の水系をつくっていた。現在では河川の多くは暗渠化されているものの、その流路は街路形状や敷地割、さらには建物の配置にまで痕跡を残しており、かつての水の動きを読み取ることができる。

また、「弘法湯」に代表される湧水は、この土地が豊富な地下水に支えられてきたことを今に伝えている。地表の水だけでなく、地下に蓄えられた水が生活や土地利用を支えていたことは、この地域の環境的な豊かさを物語っている。


こうした地形に沿うように、江戸以前から府中方面へと続く古道「滝坂道」が築かれ、人や物の往来を支える主要な経路となった。道は単に目的地を結ぶだけでなく、坂や谷を避け、あるいはそれらを利用しながら通されており、自然地形に適応した人の営みの痕跡を今に残している。現在も道路線形にはその名残が見られ、まっすぐではない道筋や微妙な曲がりが、かつての地形条件を反映していることがわかる。

こうした古道の存在は、この土地が早くから移動と交流の結節点として機能していたことを示している。

現在の街区や道路網は近代以降の都市整備によるものである一方、その背景には、地形・水系・古道という重層的な土地の履歴が今なお息づいている。見えなくなった川や湧水、そして地形に沿って通された道の記憶は、都市の表層の下に静かに残り続けている。

そうした土地の成り立ちを読み解くことで、現在の街並みも単なる開発の結果ではなく、自然条件と人の営みが積み重なって生まれた風景として捉えることができる。

街の輪郭をつくるストリート

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都市の境界は、必ずしも町丁目や行政区分によって認識されるわけではない。実際に街を歩くと、人が感じる「この街らしさ」は、地図上の線引きよりも、それぞれのストリートが持つ空間性や活動の積み重ねによって形成されていることがわかる。視線の抜け方、歩行者の流れ、店先のにぎわい、建物の高さや表情といった要素が重なり合い、ひとつの場所としての印象をつくり出している。

本エリアでは、道玄坂、文化村ストリート、ランブリングストリートといった個性の強い通りが、それぞれ独自の街並みや利用者層を生み出しながら、一つのまとまりあるエリアを形成している。

店舗構成や建物の表情、歩行者の滞留や活動の仕方は通りごとに異なり、その違いが連続することで、街区全体に固有の雰囲気が広がっている。つまり、街の印象は単一の中心から均質に広がるのではなく、複数の通りがそれぞれの役割を持ちながら重なり合うことで成立している。

興味深いのは、通りに面した建物は、行政上の町丁目に関わらず、そのストリートの性格を強く帯びることである。同じ街区内であっても、建物がどの通りに正対しているかによって、人々が受ける印象や利用のされ方は大きく異なる。

表側の通りに面する建物は、その通りの活動や空気感を引き受ける一方で、裏側に向いた面は別の文脈に属しているように感じられる。街のアイデンティティは面的に均一に広がるのではなく、通りを軸として、より強く、より具体的に形成されていることが読み取れる。

一方で、山手通りや玉川通りのような交通量の多い幹線道路は、都市活動を支える基盤であると同時に、異なる街の性格を切り替える境界としても機能している。

人の流れや車の流れを大きく受け止めるこれらの道路は、エリアの外縁を示すだけでなく、内部のストリートが持つ個性を際立たせる役割も担っている。エリアは行政界によって区切られるのではなく、人の体験を生み出すストリートと、それらを分節する幹線道路によって輪郭が形づくられている。

街の輪郭を決める街並み

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前頁では、個性のあるストリートが街の輪郭を形成していることを整理した。しかし、実際に街を歩いて観察すると、人が認識するエリアはストリートだけでは説明できないことがわかる。街の印象は、建物の用途や規模、街並みの連続性といった空間の質によっても大きく左右されている。

本エリアでは、ラブホテルが集積する街並みや、かつて花街として形成された都市の記憶を感じさせる建物群が連続することで、歩行者は自然と一つのまとまりあるエリアとして認識する。一方で、同じ通りに面していても街並みの性格が変わる地点では、空間の印象も切り替わり、人が感じる街の境界も変化していく。

また、滝坂道の一部である裏渋通りは、歴史的な文脈を持つ通りでありながら、道玄坂や文化村ストリートのように周辺一帯へ強いアイデンティティを広げる力は限定的であることが観察できた。通りとしての存在感はあるものの、それ自体が面的なエリアを形成するには至っておらず、周辺の街並みや建物用途の影響を強く受けている。

さらに興味深いのは、歩行体験の中で「ここからはこの街らしい」と感じる境界同士の間に、どちらの印象にも明確には属さない空間が存在していたことである。この場所は特定の街のアイデンティティを持たず、複数の街の狭間に位置する中間的な領域として認識された。

街の輪郭は、一つの要素だけで決まるものではない。ストリートが都市の骨格をつくり、その上に建物用途や街並みの連続性、歴史的な記憶が重なることで、人が体感するエリアが形成されていることが確認できた。

神泉町はどのように生きているのか?

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《昼のすみか・くらし -身体的な境界-》

街の境界は、街並みや建物だけで認識されるものではない。昼間に歩行観察を行うと、人が「街に入った」「街を抜けた」と感じる瞬間には、地形が生み出す身体的な体験が大きく関わっていることが確認できた。

本エリアでは、坂を下る、公共階段を降りる、あるいは谷地へ入り込むといった高低差の変化が、街へと導くシークエンスを形成している。視界は段階的に切り替わり、周囲の建物や街路の見え方が変化するとともに、自動車の走行音や人の流れも変化する。こうした複数の要素が重なり合うことで、歩行者は自然と一つのまとまりある空間へ入り込んだ感覚を得ている。

特に印象的なのは、街の範囲が店舗の集積や賑わいによって定義されているのではなく、谷底へ包み込まれるような空間感覚によって認識されていたことである。等高線が密集する地形は、周囲から一段低い空間を形成し、その地形条件自体が街の輪郭として知覚されている。これは、この地域の成り立ちが現在の都市体験にも色濃く反映されていることを示している。

昼間における街の印象は、商業活動の強さではなく、地形が生み出すシークエンスと身体感覚によって形づくられている。街の境界は地図上の線ではなく、歩きながら感じる高低差や空間の変化の積み重ねによって認識されており、その体験の中心には、この土地特有の谷地形が存在している。


《夜のすみか・くらし -心理的な境界-》

昼間の観察では、街の範囲は坂や階段、谷地形といった物理的な空間構成によって認識されていた。

一方、夜間ではその認識の仕組みが大きく変化し、街の輪郭は都市活動が生み出す環境要素によって形成されていることが確認できた。

夜間に街を歩くと、幹線道路からの走行音が徐々に遠のき、店舗の看板や建物内外から漏れる光が連続し始める地点で、「街に入った」という感覚が生まれる。

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レポート閲覧申請

神泉町が昼と夜でどのように異なる顔を見せるのか。
そしてこの調査を通し、私たちはどのような学びを得たのか。

フルレポート(PDF版)にまとめています。

フルレポートでご覧いただける内容
・「夜のすみか・くらし」の全文
・結論部分
・鮮明な地図画像

以下のフォームより【閲覧申請(無料)】をいただいた方に、PDFをお送りいたします。

今回の調査からは、単一の要素によって街の境界線が引かれるのではなく、複数のレイヤーが重なり合うことで、神泉という街の輪郭が立ち上がっている様に気付きました。この視点は、私たちが開発を手がける上でも大きな示唆を与えてくれました。

今回の街歩きで得た学び、この都市体験を構成する要素を「価値」として整理し、今後の開発コンセプトにも丁寧に翻訳していきたいと思います。

「開発ノート」では引き続き、建築やまちづくりの現場から得た気づきをお届けしていきます。次回もどうぞお楽しみに。

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