東京の中でも最先端のファッションやグルメ、エンタメが集まる渋谷。高層ビルが立ち並ぶ一方で、代々木公園や明治神宮など自然にも恵まれた魅力的な街です。
遊びや仕事でよく訪れる人、「一度は住んでみたい」と思っている人、またすでに住んでいる人もいるのではないでしょうか。
そんな人気の街・渋谷ですが、地形的には「谷底」に位置しており、災害リスクが潜んでいることをご存じでしょうか?
本記事では防災士の視点で、
・渋谷にはどんな災害リスクがあるのか
・渋谷で実施されている災害対策
・個人が実践すべき災害対策とは?
について、公表されているデータや、筆者が実際に渋谷を歩いて得たデータとともに、くわしく解説します。
渋谷が好き、渋谷に住みたい、渋谷で働きたい、というすべての人に知っておいてほしい情報なので、ぜひチェックしてみてください。
渋谷の地形と地盤の特徴。安全に関わる基礎知識
地形や地盤は、防災を考える上で重要なポイントです。
国立研究開発法人 防災科学技術研究所が出している「J-SHIS MAP 美地形区で、渋谷区の地形を見てみましょう。


同上
区の中央(代々木公園周辺)や区外周のオレンジ色部分は、火山灰台地からなる「武蔵野台地(淀橋台)」。比較的標高の高い安定した台地が広がっています。
一方、渋谷駅周辺は、台地を刻むようなY字型に、黄緑色の「谷底低地」となっています。こちらは比較的標高の低い、軟弱な地盤です。
渋谷は、実は「谷底の街」
渋谷。地名に「谷」という文字が使われていることからもわかりますが、前述のとおり、渋谷駅周辺は谷底のような地形になっています。道玄坂、宮益坂、スペイン坂など、数多くの坂が存在するのはそのためで、周囲よりも標高が低く、いわば「すり鉢状の底の街」ともいえるでしょう。
(渋谷が舞台になっている映画『バケモノの子』の冒頭でもこの表現があります!)。
ちなみに、東京には渋谷のほかに、「四谷」「日比谷」「市ヶ谷」など、「谷」のつく地名が多くありますが、これらの街も実際に谷であることが多いそうです。地名って面白いですね。

先日、実際に渋谷を歩きながら標高が測れるスマホアプリで、渋谷駅周辺の標高をあちこちで調べてみました。
谷底である渋谷駅・スクランブル交差点周辺は標高15m前後と低い一方で、少し脇道に入っただけで標高が30m以上になるエリアもあり、かなりの高低差があることを実感しました。

渋谷の地下を流れる川、その防災への影響
また、渋谷駅周辺では、JR渋谷駅の東口側を南北に通る大通り・明治通りの標高も低くなっています。これは明治通りが渋谷川沿いに作られているためです。
「あれ、渋谷の明治通りのそばに川なんてあったっけ?」と思う人も多いかもしれません。それもそのはず、渋谷駅北側での代々木公園を挟んだ渋谷川とその支流の宇田川は地下に埋設されていて地表からは見えない「暗渠(あんきょ)」となっていて、ふだんはその存在に気づきにくいのです。
実際に、渋谷を歩いて確認してみました。
渋谷駅の南側、現在商業施設「渋谷ストリーム」がある辺りから明治通りに沿って「渋谷川」は確かにありました。

ところが、そこから北側に進んでいくと、ある交差点を境に川が見当りません。この場所から、渋谷川が暗渠になっているのです。
ちなみに、キャットストリートは「旧渋谷川遊歩道」という別名を持ち、かつて川が流れていた場所を遊歩道として整備したものです。

川が見えていれば「大雨のときに危なさそうだな」と察知できます。しかし、見えない場合には水害リスクの高い場所だと予測しにくいのが難点。
そのため、暗渠になっている場所はどこか知っておくことは防災的な観点から非常に大切です。
渋谷で想定される主な災害
都心での災害と聞いてまず思い浮かぶのは「地震」ですが、渋谷は谷底の街であり川もあることから、「水害」や「土砂災害」のリスクも高いエリアです。さらに、人が密集する都心ならではの「群衆雪崩」にも注意が必要です。
それぞれの災害について、渋谷で想定されるリスクを詳しく見ていきましょう。
渋谷で「地震」が発生した場合に想定される被害
東京都防災会議※が発表した「首都直下地震等による東京の被害想定」(令和4年5月)によると、今後30年以内にマグニチュード7クラスの首都直下地震が発生する確率は70%と予測されています。
もしマグニチュード7クラスの大地震が発生した場合、渋谷区では以下のような被害が想定されています。
※東京都防災会議とは、災害対策基本法第14条及び東京都防災会議条例に基づき設置される東京都知事の附属機関。

※人的被害、建物被害、ライフライン被害及びその他の被害については、『首都直下地震等による東京の被害想定』(令和4年5月)都心南部直下地震冬夕方風速8m/秒の数値を引用
※避難者想定数については、『渋谷区震災対策基礎調査』(令和5年3月)都心南部直下地震冬18時風速8m/秒の数値を引用
谷底の街ゆえに高い「水害」リスク
渋谷川と宇田川に囲まれて高低差の激しい渋谷には、「水害のリスクが高い」という弱点があります。
高層ビルが立ち並ぶ都市のイメージからは意外かもしれませんが、特に低地では河川の氾濫や内水氾濫による浸水の可能性が指摘されています。
以下は渋谷区の水害ハザードマップ。渋谷駅を中心に、緑の線が連なっているところ(渋谷川・宇田川の流域付近)が1.0~3.0m程度の浸水リスクがあるエリアになります。

浸水が起こると、建物の低層階への被害だけでなく、高層階にも停電によってエレベーターやトイレが使えなくなるといった影響が出る可能性があります。大雨や台風はある程度予測ができるため、事前に避難行動を取るのはもちろんですが、もしもそうしたタイミングで渋谷にいるときには、スクランブル交差点などの谷底エリアにはできるだけ近寄らないように注意しましょう。
渋谷には「土砂災害危険区域」も
大雨や地震などを原因として、山や崖が崩れたり、崩れた土砂が水と混じって流れてきたりする土砂災害。
「土砂災害=山間部」と思いがちかもしれませんが、渋谷には「土砂災害警戒区域」が11カ所もあります。

さらに、渋谷区が公表している土砂災害ハザードマップでエリア別の詳細図も見ていきましょう。
該当するエリアに住んでいる人や、通勤・通学などで日常的に通る場所が含まれている場合には、特に注意が必要です。





渋谷にも水害や土砂災害の危険があるというのは、意外かもしれません。
ですが、そうしたリスクを事前に把握しているかどうかで、緊急時の判断や避難行動に大きな差が出ます。
渋谷で怖いのは「群衆雪崩」
地震・水害・土砂災害……。様々な自然災害リスクがありますが、もうひとつ、渋谷のような都心部ならではの二次災害があります。それが「群衆雪崩(ぐんしゅうなだれ)」。
群衆雪崩とは、人が密集している場所で誰かが転倒したことをきっかけに、周囲の人々が次々に倒れていくこと。筆者個人的には、一度巻き込まれてしまったら逃げようと思っても逃げられない状況に陥る恐ろしい災害だと感じています。

災害時には人々がパニックを起こしやすくなります。
駅周辺やショッピングモール、イベント会場などの人混みの中で、だれかがパニックになって突然走り出したりすると連鎖的に群衆雪崩や将棋倒しにつながる危険性があります。
例えば、首都直下地震などの大地震が発生した際、交通がマヒして帰宅困難者が一斉に移動しようとすると、渋谷駅周辺では人が殺到し、群衆雪崩のリスクが高まるでしょう。
知ると納得!渋谷ならではの防災策
ここまでで解説したように、渋谷には意外と多くの自然災害リスクがありますが、もちろん渋谷では、人々の命を守るためにさまざまな工夫や取り組みがされています。
これから紹介する“渋谷ならでは”の防災の取り組み、あなたはいくつ知っていますか?
渋谷の街角にある、謎の矢印の正体は?

渋谷を歩いていて、道路や建物の壁などに描かれた「矢印」を見かけたことはありませんか?

実は上の写真のような矢印、災害が起きたときに避難場所へ向かうための「道しるべ」なんです。
これは「シブヤ・アロープロジェクト」という渋谷区の取り組みで、渋谷の一次避難所、たとえば青山学院大学や代々木公園などへのルートを示すために設置されています。
矢印のデザインは様々なアーティストによって手がけられています。

「何のためのマークか分からなかった」という声も聞こえてきそうですが、渋谷らしいユニークでスタイリッシュな取り組みだと思います。
もし渋谷で災害に遭ったときには、この矢印を頼りにすれば避難場所にたどり着けます。
ぜひ周囲の人にも教えてあげてください。
渋谷駅の地下に、巨大な貯水庫!?
東急渋谷駅周辺の地下に、巨大な雨水貯留施設があることをご存知でしょうか。渋谷は谷底の街であることからたびたび大雨による浸水被害に見舞われてきました。こうした水害を防ぐために雨水貯留施設の建設が進められ、2020年8月に完成。
この施設で貯留できる雨水の量は約4,000トン=小学校25メートルプール13杯分に相当します。

あの施設も帰宅困難者受け入れ施設に
マグニチュード7クラスの地震が渋谷で発生した場合、約24万人の帰宅困難者が出ると想定されています。そのため、商業施設や学校など多くの建物が、帰宅困難者の一時的な受け入れ先として指定されています。
「帰宅困難者支援(受入)施設」では、帰宅困難者のための情報の提供、トイレの開放、一時的な滞在場所の提供などが行われることになっています。
被災状況により全ての施設が必ず受け入れ可能になるとは限りませんが、こうした支援があることを知っていれば、無理に帰宅しようとせず落ち着いて行動できるでしょう。
ぜひ下の表を見て、自分の知っている施設が災害時の「帰宅困難者支援(受入)施設」になっているかどうか確認してみてください。

災害時の頼れる代々木公園
都立公園の中には、大規模な災害発生後すぐに、広域支援・救助部隊などが被災者の救出及び救助などを行う「大規模救出救助活動拠点」として指定されている「防災公園」があります。
現在、東京都内には63カ所の防災公園があり、代々木公園もそのひとつ。
代々木公園には以下のような防災施設が設置されています。

火災リスクが低い「地区内残留地域」って?
渋谷駅周辺のように建物の不燃化が進んでいる地域は、火災による延焼のリスクが低いとされ、東京都から「地区内残留地域」に指定されています。
「地区内残留地域」は災害時に必ずしも避難場所まで移動しなくても安全にとどまれるエリア。
渋谷の防災能力が高いことを示す一つの特徴と言えます。
もちろん「絶対に安全」とは言い切れないですが、火災に強い街づくりが着実に進んでいるのは、いざという時の安心材料になりますね。

※マップ内、↓のマークに囲まれたエリアが不燃化の進んだ地域です。

個人でできる渋谷での災害対策は
それでは、渋谷に住んでいる人や渋谷で働いている人、そして通学・買い物などで訪れる人、私たち一人ひとりができる災害対策にはどんなものがあるのでしょうか?
具体的に見ていきましょう。
「在宅避難」や、職場への避難が基本
まず渋谷に自宅がある場合や、職場(オフィス・お店など)の拠点を持っている場合。
無理に避難所に行かず自宅・職場にとどまれるよう、あらかじめ食料などの物資を備蓄しておくことが重要です。
令和7年1月に改訂された「渋谷区民防災マニュアル」でも、「在宅避難が基本概念」と名記されています。
非常用トイレ・水・食料・カセットコンロなど、最低3日分、できれば1週間分を備えておきましょう。特にトイレは、都市では代替手段が限られるため、携帯トイレなどを多めに用意しておくことをおすすめします。
高層階ほど、家具の固定を念入りに
渋谷では高層階に住んでいる人・高層ビルで働いている人も多いでしょう。
何階であっても災害時に備えて家具の固定は基本ですが、高層階は「長周期地震動」の影響を受けやすいため、より一層気をつける必要があります。
職場でも、オフィス家具や店舗家具、什器の固定を忘れずに行ってくださいね。

渋谷で帰宅困難者になってしまったら
次に、渋谷に通勤・通学・買い物などで訪れていて地震などの災害に遭った場合。
東京都の被害想定では、首都直下地震発生時に、渋谷区で約24万人の帰宅困難者が発生すると想定されています。
基本は、むやみに移動・帰宅をしないこと。
多数の帰宅困難者が一斉に自宅に帰ろうとすると、大渋滞が発生し緊急車両の妨げや、群衆雪崩などの二次災害が発生します。
大規模地震発生時は、むやみに移動せず職場や外出先など安全な場所にとどまる判断が必要。
可能であれば、帰宅困難者受け入れ施設などに避難し、落ち着いて状況を見守りましょう。
普段から養っておきたい防災スキル
1.危険ポイントを探す力
普段の生活の中で、「もし今、大きな地震が来たらどうなるだろう?」と想像してみるクセをつけてみましょう。
上下左右を見渡しながら、あの看板は落ちてくるのではないか、工事現場のそばって危ないよね、この建物の中と外どちらにいるのが安全なんだろう?
そんなことを考えながら街を歩いていると、知らず知らずのうちに「瞬時に危険箇所を見抜く力」が養われていくと思います。
2.混乱の中でも安全な場所を見つける力
パニックを起こした大勢の人に巻き込まれると非常に危険。人々が出口に殺到している場合は敢えて一緒に行かずに柱の影に身をひそめる、空いているスペースを探すなど、周囲を観察することで安全な場所を見つける力を身につけてほしいです。
世界でも有数の大都市、渋谷。
けれど意外と多い自然災害リスク、そして人が多いからこそのリスクがあります。
ですが、日々のちょっとした意識と準備があれば、災害にもきちんと備えられるはず。知識と行動力で、“渋谷とうまく付き合っていく力”を身につけていきましょう。