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お部屋にそぐわない物置き棚。だけど捨てない、と決めています【一人暮らしエッセイvol.72】

一人暮らしエッセイ
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完璧な部屋に、私が小さな「弱点」を残している理由

今年の春から一人暮らしを再開した私の部屋には、ひとつの「弱点」があります。きっと誰が見ても気付かないような、ほんの小さな弱点。引っ越してからずっとそのままにされている、付け入る隙があるのです。

数年前、私は、家族に反対されながらも家を出て、人並みの大恋愛に挑みました。

はじめての同棲、得も言われぬ多幸感。
平穏な暮らし、時折届く招待状。
少しずつ焦る私、変わらぬ平穏な暮らし。
何も起こらない恐ろしさがそこにはありました。

完璧だと思っていた暮らしは少しずつ綻びが目立つようになり、最後はその平穏な暮らしすら手放してしまいました。

どこにでもある、数多の男女が迎えるありきたりな結末です。

仕事も辞め、ほんのり痩せて帰ってきた私を見て、母は何もいたずらっぽい笑みを浮かべるだけでした。
叱るでも慰めるでもない、娘の全てを見透かしていたような笑みは、何よりも心地良かったのを覚えています。

これが1年前の話。

こうして親子での暮らしを数年ぶりに再開させ少したった頃、母がホームセンターで小さな物置き棚を買ってきました。随分と荷物の多い私のため、買ってきてくれたのです。

たいして荷物も置けない、すぐに壊れてしまいそうな、それでいて図体だけは無駄に大きな安物です。「キャスター付きラック」なんてお洒落な呼び方より「物置き棚」と呼ぶ方がしっくりくるようなシロモノです。

母が実家に戻ってから私に買ってくれた唯一の物、それがこの小さな棚でした。

特に何を言うこともなく、知らぬ間に組み上げられたそれは、新参者であることを忘れてしまうほど生活に溶け込み、いつの間にかただの風景と化していました。

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母は私がどんな表情を浮かべていても何も言いません。
辛くても、嬉しくても、普段と変わらぬ愛情を注いでくれました。

だからこそ、1年経った今年の春、私はひとり暮らしを再開することができました。

新たな生活、実家からは通えない距離にある職場、ひとりで生きるしかありません。心細さはもちろんありましたが、もし辛かったらまたここに帰って来れば良い。

帰ってきたときと全く同じ、出て行く私を見ても母は何も言いません。
少し寂しそうな表情を浮かべていた気もするけど、それすら気のせいかもしれません。

私の新たな住いは、随分と立派なものでした。1LDK、駅まで徒歩5分の新築。職場までのアクセスも悪くない。近くにコンビニだって何軒もある。
客観的に見ると、完璧に近い物件だと思います。

誰にも頼らない、自分だけの生活が少しずつ始まっています。

その部屋の片隅には、今にも壊れてしまいそうな、あの物置棚が居座っています。どうしてか分からないけれど、わざわざ連れてきてしまったのです。

とりわけ愛着があるわけでもないし、母もきっと大した感情を持ち合わせてはいないでしょう。

きっと明日にはただの風景になっています。

それでも、完璧な暮らしに唯一残る小さな「弱点」は、私に大きな安心を与えてくれます。ただ、何も言わずに。

(エッセイ投稿者:きりん子/女性/20代)

エッセイ募集企画は終了しました。次回の開催をお楽しみに!

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